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仙台高等裁判所 昭和24年(ナ)1号 判決

原告

岩沢常司

外一名

被告

福島縣選挙管理委員会

主文

被告が昭和二十三年十二月三十日福島縣北会津郡神指村村長選挙の当選辞退有無の件に関する原告小野の訴願について爲した裁決中「神指村選挙管理委員会の決定を相当とし訴願人の申立は成り立たない」との部分を取消す。

福島縣北会津郡神指村選挙管理委員会が昭和二十三年九月二十五日爲した原告小野が同村村長の当選を辞したものとみなし当選証書を返還すべき旨の決定を取消す。

原告岩沢の請求を棄却する。

訴訟費用中原告岩沢と被告との間に生じた部分は同原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告岩沢訴訟代理人は「主文第一項掲記の裁決中、但し当選告知取消の決定に伴う選挙会の繰上当選の決定はこれを取消すものとするとある部分を取消す、訴訟費用は被告の負担とす」との判決を求め、其の請求原因として、昭和二十三年八月二十五日福島縣北会津郡神指村村長選挙が行われ、原告岩沢及び当時同村長代理助役だつた原告小野は何れも立候補し、原告小野が当選し、原告岩沢は次点となり、同村選挙管理委員会は同月二十六日原告小野の当選を告示し、同人は当選承諾書を提出して同村選挙管理委員会から当選証書の交付を受けた、よつて原告岩沢は同年九月七日同村選挙管理委員会に対し異議の申立を爲し、同月二十五日右委員会は原告小野が法定期間内に助役の職を辞しその旨を同委員会に届出でなかつたことを理由として、原告小野をして当選証書を返還せしむべき旨の決定を爲し、同日之を原告岩沢に告知し且つ選挙会を開いて次点者である原告岩沢を当選人と決定し、之を原告岩沢に告知すると共にその旨告示した。よつて原告岩沢は同年十月一日当選を承諾し、右選挙管理委員会から当選証書の交付を受けた、しかるに原告小野は同月五日右選挙管理委員会の決定及び之に伴う繰上当選の決定に対し被告に訴願し、被告は同年十二月三十日「本件訴願は神指村選挙管理委員会の決定を相当とし訴願人の申立は成り立たない、但し、当選告知取消の決定に伴う選挙会の繰上当選の決定はこれを取消すものとする」と、裁決し、昭和二十四年一月九日之を告知した。しかるに原告小野は右当選告示の日(昭和二十三年八月二十六日)から十日以内即ち昭和二十三年九月四日迄に神指村選挙管理委員会に対し村長代理助役辞任の届出をしなかつたから当然に当選を辞したものとみなされる、而して当選を辞したものとみなされた場合の法律効果は当選人が自ら当選を辞した時と同一であるから右選挙管理委員会が同年九月二十五日選挙管理委員会を開き次点者たる原告を当選人と定めたことは違法ではない、若し地方自治法第百四十四條により原告小野が今なお村長の職を失わないものとすれば辞任届を期間終了の日の翌日たる昭和二十三年九月五日から原告小野が訴願を提起したる日即ち同月三十日迄の間も同人は村長であつたというの外なく、若し然りとすれば当選を辞したものとみなされる同月五日には原告小野が訴願するか否か不明なるに拘らず選挙会を開くことが出來ない結果となり地方自治法第五十六條第二項の「当選人が当選を辞したときは直ちに選挙会を開き」とある規定が空文となるであろう、しかのみならず原告岩沢も地方自治法第六十六條第四項により出訴したから同法第百四十四條により裁決の当否如何に拘らず村長の職を失わずその結果本件の判決確定迄は二人の村長を有することとなる、又原告小野が昭和二十三年九月二十五日に神指村選挙管理委員会がなした同人から当選証書を返還させる旨の決定に不服があるときは同委員会に対し異議の申立をなすべきであつて、被告に対し直ちに訴願をなすことは違法である。

以上の理由により被告の爲した裁決中請求の趣旨記載の部分の取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、立証として甲第一乃至第三号証を提出し丙第三号証を援用した。

原告小野訴訟代理人は「主文第一、二項と同趣旨及び訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、其の請求原因として、原告小野は福島縣北会津郡神指村村長代理助役であつたが、昭和二十三年八月二十五日の同村村長選挙に当り立候補して当選し、同日同村選挙管理委員会からその告知を受け、同月二十六日同委員会から当選証書を附與された、然るに右選挙に於ける次点者岩沢は同年九月七日に到り原告小野は当選告知の日より十日以内に右助役辞任の手続をしてこれを同村選挙管理委員会に届出でなかつたから村長当選を辞したるものとみなさるべきであり、從つて原告小野に対する村長当選証書の附與は取消さるべきものであるとの理由で異議の申立をなし、同村選挙管理委員会は同年九月二十五日原告小野が右申立通りの理由により村長当選を辞したものとみなし、同人に対し附與されたる村長当選証書の返還を求める旨の決定をなし、選挙会は同日次点者岩沢を当選人とする旨の決定をした、原告小野は同年十月五日被告に訴願したところ、被告は「右村選挙管理委員会の決定を相当とし訴願人の申立は成り立たない、但し当選告知取消の決定に伴う選挙会の繰上当選の決定はこれを取消すものとする一との裁決をし、昭和二十四年一月九日之を告示し、その裁決書は同月十一日原告小野に送逹された。しかしながら

(一)  原告小野は昭和二十三年八月二十六日同村議会議長渡部衞紋に対し村長代理助役を辞して村長に就任する旨申出で、同日同村選挙管理委員会に対し助役を辞任した旨口頭で届出でた。即ち

(イ)  同月二十五日原告小野は同村選挙管理委員会から村長に当選した旨の告知を受けたので、同月二十六日村役場に出頭したところ丁度午前九時頃二階の村議会議場に議長渡部衞紋が來たので原告小野は同議長に対し口頭で「村長代理助役を辞して村長就任することにしたからよろしく」と申出でた。

(ロ)  同月二十六日午前九時半頃右村役場において神指村收入役で又同村選挙管理委員会委員長である古川一と同委員会専任書記矢沢秀雄と同村役場主任書記松川憲夫と三名の前で村長代理助役を辞したこと及び村長当選を承諾する旨届出で、助役辞任について書面を出す必要があるかどうかを三名に相談したところ三名は交々「助役辞任届書は必要あるまい、たゞ村長当選承諾書を出せばよいだろう」と申したので村長当選承諾書を古川委員長に提出して当選証書を受けた。

(ハ)  同月二十六日午前十一時同村小学校裁縫室で渡部議長以下全議員出席して開かれた同村議会議員の協議会の席に出頭して「村長代理助役を辞任して村長に就任しますから、村長代理助役時代同様御鞭撻を願います」と挨拶した。

(ニ)  同月二十六日原告小野は同村選挙管理委員会書記矢沢秀雄に対しても村長代理助役を辞任して村長に就任することにするから同委員会によろしく傳えてもらいたいと届出でた。

(ホ)  同月二十七日同村選挙管理委員会委員訴外大関德三郞に面会し村長代理助役を辞任したことを古川委員長に届出でたが大関からも右辞任の旨を右委員会に対し傳えてくれと述べて右辞任の届をした。

(ヘ)  同年九月八日に到り次点者原告岩沢より異議の申立があつた旨を聞き、同月九日前記矢沢書記の注意に基き同年八月二十六日附の助役辞任届書を作り同村選挙管理委員会に提出した。

(二)  当時の眞相は右の通りであつて、原告小野は当時渡部議会議長に対して口頭を以て村長代理助役を辞任する旨申出たのみならず、村議会議長と全議員の列席する村議会議員協議会の席上で公然と前示のような挨拶をし、しかもこれに対して出席議員から何等の異議も述べられなかつたのであるから、之を以て地方自治法第百六十五條所定のように村議会議長に対して村長代理助役を辞任する旨申出で且辞任について村議会の承認があつたものということができる。仮に村議会の承任があつたものとみられないとしても本件のような場合には村長代理助役辞任の旨を村議会議長に届出でれば足るのであつて更にその上村議会の承認を必要とするものと解すべきではない。

(三)  百歩を讓つて原告小野が助役辞任の申出及びその届出を法定の期間内にしなかつたものと仮定しても、同原告は当時当選告知の翌日当選承諾書を同村選挙管理委員会に提出しているのであるから兼務出來ない助役は自然解任と見らるべく之に対し当選証書の附與されたことに何等違法の点はないものと解するのが法の精神に合する所以である。

以上の通りであるから前記被告の爲した裁決は誤つていることが明かである、但し右裁決の内の後半「但し当選告知取消の決定に伴う選挙会の繰上当選の決定はこれを取消すものとする」とある部分は原告小野に有利の裁決であるからこの部分を除きその余の部分の取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、立証として、丙第一乃至第五号証を提出し、証人渡部衞紋、皆川長久、大関德四郞、矢沢秀雄、大関德三郞、皆川文吾の各証言を援用した。

被告訴訟代理人は、原告等の各請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告等の主張事実中、昭和二十三年八月二十五日福島縣北会津郡神指村村長の選挙が行われ、その結果同村村長代理助役であつた原告小野が当選し、原告岩沢が次点となつたこと、同村選挙管理委員会は同月二十五日、原告小野に同人の当選を告知し、同月二十六日その告示をし、同日同原告が同委員会に当選承諾書を提出し、同委員会は同人に当選証書を交付したこと、同年九月七日原告岩沢が原告小野の主張するような理由により神指村選挙管理委員会に異議申立を爲し、同委員会は原告岩沢の主張を容れ原告小野は当選を辞退したものとみなさるべきであるとして当選証書を返還すべき旨の決定を爲し、この決定に基き選挙会を開き次点者原告岩沢の繰上当選を決定したこと、原告小野が右決定に対し被告に訴願し被告が原告等の主張する通りの裁決を爲して之を告示し且つ之を原告小野に送逹したこと、同年八月二十六日開かれた同村議会議員協議会の席上原告小野が村長就任の挨拶をしたことは何れも爭わない、しかしながら同日原告小野が同議会議長に右辞任を申出で且同村選挙管理委員会に之を届出たこと、同日村長代理助役辞任について同村議会の承認を得たことは何れも之を爭う。

仮りに原告小野がその主張の日に口頭を以て助役辞任の申出をしたとしても原告小野は自治法第百六十五條第一項の規定により退職しようとする日前二十日迄に村議会の議長に申し出るか議会の承認を受けなければ退職することが出來ない、從つて原告小野が法定期間たる同年九月四日迄村長代理助役の職を辞するには議会の承認を受けるか同年八月十五日迄に議長に対してその申出をしていなければならない、しかるに原告小野は右の手続を行わず、右期限迄に村長代理助役の職を辞していなかつたのであるから地方自治法第六十條第三項の届もできないわけである、よつて法律上当選を辞したものとみなされたものである。

しかしながら訴外神指村選挙管理委員会においては原告小野から当選承諾書を受領して当選証書を交付したのであるから、原告小野は同委員会の認定により形式上は一應有効に当選証書を受領し村長に就任したものであり、その就任が当然無効とせらるべきものではない、その後原告岩沢から異議申立があつたので同委員会は之を理由ありとして先の当選証書交付処分を取り消すべき旨の決定をしたのであるから、地方自治法第百四十四條の規定により右決定若くは原告小野が爲した訴願に対する裁決又は本訴訟の判決が確定するまでは原告小野は村長の職を失わないのである、故に右委員会においては前記裁決又は判決の確定後繰上当選の決定をすべきであり、その以前に行つた繰上当選の決定は無効といわざるを得ない。而して右の場合には地方自治法第五十六條第一項の規定により処理すべきであるから同條第二項の「直ちに」の語が空文になるとの原告岩沢の主張は理由がない、被告の解釈によれば現に村長が在任する中に更に村長を選任し村長が二人となるような繰上当選の決定は効力を生じ得ず、当然無効のものであるから原告岩沢の主張するような事態は起り得ない、以上の理由により原告等の本訴請求は何れも理由がないと述べ、甲及び丙号各証の成立を認める、甲第一、二号証、丙第三号証を援用すると述べた。

理由

昭和二十三年八月二十五日福島縣北会津郡神指村村長選挙が行われ、この選挙に原告岩沢と当時同村村長代理助役であつた原告小野が立候補し、原告小野は当選し原告岩沢は次点となつたこと、同日同村選挙管理委員会が原告小野に当選を告知し、同月二十六日その告示をし、原告小野に対し当選証書を交付したこと、同年九月七日原告岩沢が同村選挙管理委員会に対し、原告小野が法定の期間内に村長代理助役の職を辞し、その旨同村選挙管理委員会に届出でなかつたから当選を辞したものとみなさるべきであるといつて異議申立を爲し、同委員会は同月二十五日原告岩沢の申立を容れ原告小野は当選を辞したものとみなすべきものとして当選証書を返還せしむべきことを決定し、同日選挙会を開き次点だつた原告岩沢を繰上当選者とする旨の決定をしたこと、同年十月五日原告小野が右当選証書返還と繰上当選の決定に対し、被告に訴願し、被告は同年十二月三十日一右選挙管理委員会の決定を相当とし、原告小野の申立は成り立たない、但し当選告知取消の決定に伴う選挙会の繰上当選の決定は之を取消すものとする」という裁決をしたことは何れも本件当事者間に爭がない。

原告岩沢は原告小野の前記村選挙管理委員会の爲した決定に対する被告への訴願は、原告小野から同村選挙管理委員会に対する異議の手続を経ないでせられたものであるから不適法として却下すべきであつたというけれども、選挙又は当選の効力に関する異議についての市町村選挙管理委員会の決定に対して不服あるものは直ちに訴願することができるのであつて、右異議申立をしたものに限られないから原告岩沢の申立てた異議について神指村選挙管理委員会の爲した決定に対し原告小野が被告に訴願したことは違法ではない。尤も原告小野の右訴願は同時に繰上当選の決定についての不服も含まれており、この部分について別に異議の手続を経ていないことは本件弁論の全趣旨により明らかであるけれども、右繰上当選の決定は当選証書を返還させる旨の決定と表裏一体の関係に立つものと解し得られるものであつて、右繰上当選の決定も結局、神指村選挙管理委員会が原告岩沢の前記異議申立を理由ありとしてこれを容認したのに因るものであるからして、原告小野は繰上当選の決定につき改めて同村選挙管理委員会に異議申立をすることなく、原告岩沢の異議容認の決定に対する不服と合はせて、被告に訴願することができるものと解するのが相当である。されば被告が右繰上当選決定の当否を判断したのは違法でなく、原告岩沢のこの点に関する主張は採用できない。

次に原告小野の主張について審べてみると、証人渡部衞紋の証言によれば、原告小野は当選告知の翌日たる昭和二十三年八月二十六日午前九時頃神指村役場事務室において同村議会議長渡部衞紋に面会し村長に当選したからよろしく賴むと挨拶したことを認めることができ、又証人矢沢秀雄の証言によれば、同原告は同日同村選挙管理委員会に対し当選承諾書を提出し、同村收入役である同委員会委員長古川一から当選証書の交付を受け、次で同役場において右古川及び役場職員一同に対し、村長に就任したことの挨拶を述べたことが認められ、更に、証人渡部衞紋、皆川長久、大関德四郞の各証言によれば、次で原告小野は同日同村小学校で同村議会議長渡部衞紋副議長皆川長久その他同村議会議員の殆んど全員(原告岩沢だけ欠席)出席の下に催された議員協議会の席に臨み村長に当選したからよろしくお願いする旨の挨拶を述べ、これに対し出席議員から一言の異論も出なかつたことが認められる。原告小野は右の各場合において特に村長代理助役を辞任する旨も述べたと主張するけれども、この点に関する証人大関德三郞、皆川文吾の各証言は信用できないし他に之を認めるに足る証拠がない、また原告小野は同年八月二十六日助役辞任について村議会の承認を得たと主張するけれども、同日同村小学校で催されたのは上記認定の通り村議会議員の協議会であつて正規の村議会が開かれたのではないばかりでなく、原告小野は右協議会に臨席して單に村長就任の挨拶をしたに止まり特に助役辞任の承認を求めたのでもないからして、その際出席議員から原告小野の村長就任について何等の異論も出なかつたにしても、原告小野の助役辞任について村議会の承認があつたものといえないことはいうまでもない、しかし、証人渡部衞紋、皆川長久、大関德四郞、矢沢秀雄、皆川文吾の各証言によると当時同村議会、選挙管理委員会役場内等一般に地方自治法の規定にはあまり通じていなかつたのであるが、村議会議長渡部衞紋は当時原告小野から特に助役を辞めるという言葉はきかなかつたけれども、村長と助役とを兼任することは條理上も考えられないので村長に当選し就任を承諾すれば引続いて助役の職についてはいられないものと思つており、又当時村議会選挙管理委員会、村役場内においても一般に右と同じような考をもつており、原告岩沢から前記異議申立があるまでは、原告小野の当選確定については何人も疑をもたず原告小野は当然村長に就任したものと考えていたことが認められる、かような事情と前記各証人の証言(但し前記不採用の部分を除く)とを照し合わせて考えると村長代理助役であつた原告小野が村議会議長渡部に対して前記挨拶をしたことは、同時に村長代理助役辞任の意思をも表明したもの、換言すれば、村長に当選したからよろしく賴むとの挨拶は、村長就任のためにこれと両立しない村長代理助役の職を辞する旨の申出をも含む趣旨と認めるのが相当であり、又村選挙管理委員会に対し当選承諾書を提出したことは村長就任を承認する意思を表すと共にこれと相容れない村長代理助役の職を辞したことの届出の趣旨を含むものと認めるべきである。蓋し現に村長代理助役の職にあるものが、その職を辞さないで現職のまゝ村長に就任するというようなことは通常人の到底考え得られない事柄であつて、村長就任の意思の表明は村長代理助役の辞任を当然の前提とするものと解し得られるからである。

ところで地方自治法第百六十五條第一項によれば普通地方公共團体の長の職務を代理する副知事又は助役は退職しようとするときはその退職しようとする日前二十日迄に当該普通地方公共團体の議会の議長に申出でなければならない、但し議会の承認を得たときはその期日前に退職することができると規定されているけれども、この規定が本件のように村長代理助役の職にあるものが村長選挙に立候補して当選し、村長に就任するために兼職禁止の職である右助役の職を辞そうとする場合にもそのまゝ適用されるものと解釈すべきかどうかについては愼重な檢討を要する、若しこの規定が右のような場合にも適用されることになると地方自治法第六十條が同法所定の選挙における当選人で兼職禁止の職にあるものは当選の告知を受けた日から十日以内にその職を辞した旨の届出をしなければ当選を辞したものとみなす旨規定しているから、村長代理助役の職にあるものが村長選挙に立候補しようとする場合には当選告知の日から十日以上前にすなわち未だ当選するか当選しないか分らないうちに退職の申出をしておかなければ法定の期間内に右届出をすることができずそのため当選を辞したものとみなされるに至る虞がある、また前記第百六十五條第一項但書により議会の承認を得て二十日の期間前に退職しようとしてもその承認が得られないことも考えられる。現に本件の場合についてみても証人皆川長久、大関德四郞、矢沢秀雄、皆川文吾の各証言によれば、本件村長選挙においては原告小野、原告岩沢の外訴外古沢住衞の三名が立候補し、村議会は議長及び副議長を初め議員の大部分が挙つて原告岩沢を支持し、選挙の結果原告小野が当選して原告岩沢が落選したため議長及び副議長の引責辞職の問題まで考慮しなければならないとして特に選挙の翌日前に掲げた議員の協議会が開かれたほどであつて、議会の情勢は必ずしも原告小野に有利でなかつたことが窺い得られる。

いうまでもなく地方自治法第百六十五條第一項の規定は、普通地方公共團体の長の職務を代理する副知事又は助役が、その意思のまゝに即時に退職し得るものとするときは、当該公共團体の仕事の上に支障を及ぼす虞が多分にあるからして、その退職につき二十日の予告期間を要することゝして退職に伴う善後策を講する余裕をもたせることにしたのであつて、たゞ当該公共團体の議会が退職を承認すれば、その承認は退職に伴う善後措置を十分考慮してこれを爲すものと期待せられるからして右期日前でも退職することができることゝしたものと解すべきである。しかし本件のように村長代理助役が村長に当選しその当選を承諾して村長に就任するために助役を辞する場合には右の予告期間を必要とする実質上の理由がないばかりでなく、村議会の承認を必要とする理由も存しないものといわなければならない。何となれば右の場合には即時に辞職を許しても村長代理助役があつたその人が村長に就任するのであるから、村政の上に從前に比べて格別支障を及ぼす虞があるものとは考えられないしなお村民多数の意思によつて村長に当選した助役が助役を辞して村長に就任することができるかどうかを村議会の承認、不承認の決議にかゝらせることは、結局一般村民による村長選挙の結果が村議会によつて左右されるという不合理に陷り、また若し右のような場合助役から退職の承認を求められたときには、村議会は必ずこれを承認しなければならないものとすれば退職につき村議会の承認を求めること自体が無意味であるからである。要するに村民多数の意思によつて折角村長に当選した助役が、前記法條による退職についての予告期間のために、又は村議会の承認がないために村長に就任できないで依然助役の職に止まつていなければならないものと解することは決して前記法條の本旨に副う所以とは考えられず、少くとも本件のように村長代理助役が村長に当選し、その当選を承諾して村長に就任するために助役を辞するについては地方自治法第百六十五條第一項の二十日の予告期間及び議会の承認に関する規定の適用がなく村議会議長に対し村長に就任するため助役を辞する旨を申し出ることによつて直ちに助役を辞任することができるものと解するのが至当である。

以上説明したような次第で、原告小野は昭和二十三年八月二十六日村議会議長渡部衞紋に助役退職の旨を申出で、同日村選挙管理委員会に右職を辞したことの届出をしたと認め得るのであるから同日助役を辞したものとみなすべきである。尤もその成立に爭がない甲第一、二号証、証人渡部衞紋、皆川長久、矢沢秀雄の各証言によれば昭和二十三年九月七日原告岩沢から異議の申立が爲されて初めて原告小野がまだ村長代理助役の職を辞していないのではないかということが問題化し、狼狽した原告小野は同村議会副議長皆川長久方に行き、同年八月二十六日の村議会議員の協議会の席上村長代理助役を辞任するという明示の挨拶があつたことの証明があれば村長になれるかも知れないと賴み右趣旨の証明を貰い受け之を福島縣選挙管理委員会に提出したり、同年九月二十七日により同村議会議長渡部衞紋に対し同村助役を辞任するという辞職届を提出し、同月三十日には右辞職届を撤回したいと申出で、渡部は辞職承認のための村議会招集手続を完了したことを理由に之を拒絶し、同年十月一日村議会は万場一致を以て原告小野の村長代理助役辞職を承認したこと等を認め得る。また成立に爭のない甲第二号証によれば原告小野は昭和二十三年九月二十八日(神指村選挙管理委員が原告岩沢の異議に対する決定をした後)頃から後は助役として執務していたことが窺い得られないではない。しかしこれ等は何れも原告岩沢の前記異議申立によつて事態が紛糾するようになつてからの出來事であつてかような事実の存在は前記認定を覆すに足らないし他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の理由により、原告小野が法定の期間内に村長代理助役の職を辞しその届をしなかつたから当選を辞したものとみなされたといつて原告小野の当選確定を取消し当選証書の返還を命じた神指村選挙管理委員会の決定は不当であり、右決定と同一理由の下に之を維持し、その取消を求めた原告小野の訴願を却下した原裁決も亦失当である。從つて右裁決及び決定の取消を求める原告小野の本訴請求は全部之を認容すべきである。その結果前記繰上当選の決定はその基礎を失い取消さなければならないのであるから、原裁決中右繰上当選の決定を取消した部分はその理由は右説明とは異るけれどもその結果において妥当であるから、その取消を求める原告岩沢の本訴請求は失当として之を棄却すべきである。

仍て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十三條、第八十九條の規定を適用して主文の通り判決する次第である。

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